トップ対談

くすりの適正使用協議会のあるべき姿について、トップの方との話し合いを通して考える対談企画です。

Vol.9 中外製薬株式会社 代表取締役会長 最高経営責任者 永山 治氏

RAD-AR News Vol.25-No.2(2014.8)掲載

くすりの適正使用のあるべき姿について、トップの方との話し合いを通して考える対談企画。第9回は、中外製薬の永山会長との対談です。 がん、骨・関節領域に強みを持つ同社の取り組みは、生活習慣病をはじめとした慢性疾患とはまた違う「バイオ医薬品の適正使用」のあり方を示唆しています。

 

すべての革新は患者さんのために。
バイオ医薬品の適正使用への取り組み

関東大震災が会社誕生の契機に

-まず黒川理事長から、中外製薬の印象について思うところをお聞かせください。

黒川

 多くの印象がありますが、最初の思い出は1973年のことです。当時、WHOからGMP※の概念を日本に取り入れて医薬品全体の品質を高める気運が行政・産業界で高まっていました。厚生省(当時)に入ったばかりの私は監視指導課に配属され、全国の企業の生産設備の視察業務を担当していました。その一環として、中外製薬の浮間工場を拝見しました。1日を費す見学でしたが、懇切丁寧に説明していただき、その時得た知見が後の仕事に大きく役立ちました。

 また、本日3月11日は、東日本大震災から3年にあたる日です。御社では、地震発生後直ちに社員を現地に派遣するとともに、不足が予想された薬をお届けするなど、困難な環境の中でも病気を克服していこうとする患者さん、医療機関の皆さんを支えられました。ちょうど1年前には田村厚生労働大臣から感謝状も授けられています。

 常に、困っている方々や病気と闘われている患者さんを最優先に考えて行動し、公益を念頭に置きながらものごとの優先順位を決めて迅速に行動される御社のポリシーに改めて感服した次第です。

※GMP:薬事法に基づいて厚生労働大臣が定めた、医薬品等の品質管理基準

永山

kanshajo

 当社は、昭和元年に上野 十藏が創業しました。その動機は関東大震災です。荒れ果てた東京の姿、負傷された方々の姿を目の当たりにし、人の命と健康に最もかかわりの深いものである薬が、これからもっと必要になると思い、勤めていた会社を辞めて中外製薬を興しました。社名の「中外」には、イン・アンド・アウト、つまり国内だけでなく海外でも存在感を発揮する製薬企業に、という思いが込められています。

 その後、グロンサン®などの一般用医薬品(OTC)を中心に成長してきた当社の転機となったのは、1961年の国民皆保険制度の導入とその後の保健薬※批判です。これにより会社存続の危機を迎える中、2代目社長になった上野 公夫は、事業領域を医療用医薬品にシフトし、研究所も設立しました。新薬開発によってアルサルミン®、ピシバニール®などが生まれ、医療用医薬品を事業の中心とする礎が築かれました。

 1980年代に入ると、インターフェロンが注目を浴び、これからはバイオ医薬品の時代と言われるようになります。1983年にG-CSFという白血球を増殖させる製品の研究を産学協同で進めた結果、薬になる可能性が見えてきました。また同時期に、赤血球の増殖因子であるエリスロポエチンについても創薬の見通しが立ち、この二つの医薬品で弊社はバイオ企業へと転じていきます。エリスロポエチン製剤のエポジン®は1990年に、G-CSF製剤のノイトロジン®はその翌年に承認を取得しました。バイオ医薬品の中で、世界的に最も成功したプロジェクトと言えるでしょう。

※保健薬:疲労回復や滋養強壮のために用いる薬。ビタミン剤の類

左:田村厚生労働大臣から授与された感謝状
右:アクテムラ®の製品化に対して舛添厚生労働大臣から授与された盾

黒川

 御社が創製した薬にはもう一つ、世界に名高い革新的な医薬品がありますね。

永山

 日本初の抗体医薬品アクテムラ®ですね。1985年に、大阪大学の岸本 忠三先生がインターロイキン6というサイトカインを発見され、その過剰分泌が自己免疫疾患である関節リウマチなどを引き起こすことが分かり、薬の開発がスタート。そこから実に20年、2005年に販売を開始したのがアクテムラ®です。2008年に関節リウマチで適応を取ると処方が急速に拡大し、今はロシュを通じて世界中で販売され、グローバルで1,000億円を超えるブロックバスターへと成長しています。

 弊社では売上の7割以上をバイオ医薬品が占めています。これは、主に低分子の薬を販売されている他の製薬企業との大きな違いです。主な市場は病院で、注射剤が多く、対象疾患はがんや自己免疫疾患などが中心となっています。

黒川

 創業から現在に至るまで一貫しているのは、困っている患者さんのためにリスクを払ってでもチャレンジする姿勢ですね。生命の本質や生命機能の根幹に働きかけるような薬を初めて手がけるというのは非常に大きな意思決定と言えます。世界的な視野に立ち、永山会長をはじめとした経営層のリーダーシップが発揮され、しっかり舵取りをされてこられた賜物と思います。

非常時の製薬企業の責任

-3.11の際には、どのような支援活動を行われたのでしょうか。

永山

 地震発生時、私は静岡県にいました。被害の実態が分かってきた時に思い出したのが冒頭に述べた創業のルーツです。何十年というサイクルの中で同じことが起きるのだなと、運命じみたものを感じたのを覚えています。

 今回の震災で重視したのは、被災した患者さんが薬を手に入れられないことによって生活習慣病や感染症の治療が途切れるのを防ぐことでした。適正使用と関連する話ですが、自分が日常どういう薬をのんでいるかを十分に把握されていない患者さんが多く、ご自身が服用している薬の名前を覚えていない患者さんも多くいらっしゃったと聞きました。

 また、被災地域では広範囲にわたって物流網が分断される中、インフルエンザの流行を懸念して、自社で薬を届けたこともありました。しかし、後に日本製薬工業協会(以後、製薬協)などを通じて薬が先に届いていたことも分かり、非常時の供給のマネジメントに課題が残りました。

 弊社では、宇都宮工場の被害が大きく、幸い犠牲者は出ませんでしたが、品質管理棟と事務厚生棟は建て直しを余儀なくされました。ただ、バイオ医薬品や注射剤の生産工場は免震構造だったため、カップに入ったコーヒーさえこぼれることもなかったそうです。

黒川

 実は震災前に、学生とともに宇都宮工場に見学に伺ったことがあります。従来の工場のイメージを覆すような最新の設備で厳格な品質管理をされていると感じました。永山会長が言われたとおり、薬は供給が途絶えた途端、それまで順調に治療されていた方が悪化してしまうことも少なくありません。必要な時に必要な量が、患者さんの使える形でそこになければならない。製薬企業の社会的な責任の一つ である安定供給へのぬかりない姿勢にあらためて敬意を表します。

医療関係者への適切な情報伝達で適正使用を推進

-協議会の調査では一般の方々や子どもたちが、必ずしもくすりを適正に使用していない実態が分かっています。会長の認識をお聞かせください。

永山

kanshajo

 かなりショッキングな結果ですね。子どもたちの状況が指し示すのは、保護者である親御さんの知識理解が十分ではないという事実です。

 そもそも若い人は健康ですから薬のニーズも少ないし、意識も乏しい。健康保険証が1枚あれば、日本では、誰でもどこでも治療を受けられ、かつ治療にかかった費用をその場で100%払うわけではないから、薬の価値も非常に見えにくい。そして、その価値は必要とする人だけに意味があるものです。薬の持つそうした特性を鑑みても、適正使用の取り組みをもっと進めていかなければならないのは明らかです。

黒川

 先ほどのアクテムラ®は、才能有る方々の多大な努力と長い歳月が費やされて生まれました。患者さん自身が服用する他の薬も同様です。それが最後の段階で、適切でない使われ方をすると、それまでの労力が全部水の泡になってしまうわけです。これは極めて残念なことと言わざるを得ません。

 このたび施行される改正薬事法では、初めて国民の役割が規定されました。患者さんに「ぜひ一緒に適正使用の努力をしましょう」と呼びかけるようなもので、これは本当に画期的なことです。

永山

 そうですね。ただ、当社の場合、抗体医薬品が多く、がんや関節リウマチの治療薬の多くは、確定診断がなければ使えないものがほとんどです。ですから、我々が目指す適正使用のあり方としては、抗原性を含め生物製剤が持つリスクを第一に、医師や薬剤師など医療従事者にきちんとご理解いただくことが重要だと考えています。抗体医薬品は副作用が比較的少ないとはいえ、対象疾患は重篤なものが多い ですからその責任は極めて重大です。

 当社の主力製品の多くは全例調査の対象となっています。世界中で販売しているものも数多くありますから、グローバルに張り巡らせたネットワークを活用して、薬の有効性および安全性の情報を集積し、医療従事者の方々にお伝えしていく、それが弊社が考える適正使用推進に向けた活動の根幹です。

 もちろん、患者さんに向けた情報も開示していますが、難解なものも多いため、資料だけでなく医療従事者の方々からの説明は不可欠です。

-タルセバ®という薬では、非常に厳格な取り組みをされているそうですね。

永山

 これはEGFR※チロシンキナーゼ阻害剤で、肺がん治療薬としては100カ国、膵臓がん治療薬としては75カ国で販売されているグローバル製品です。分子標的治療薬の一つで、他の同じ系統の薬剤と同様、間質性肺炎の副作用があります。そこで、適切な治療が行える施設・医師に販売を限定しました。また、がんの中でも特に治療の難しい膵臓がんでは、eラーニングにより医師に薬剤を使うリスクとベネフィットを十分理解いただいた上で処方をご判断いただくことも重視しました。更に、使用前に間質性肺炎のリスク因子の有無を見極めていただくようにしているほか、Webに専用サイトを設置し、安全性情報として全例調査の概要や登録状況、副作用発現状況を掲載しています。

※EGFR:上皮成長因子受容体。がん細胞の細胞膜に存在し、細胞外のレセプター(受容体)に情報伝達物質が結合すると、がん細胞の増殖が活発に行われるようになる

黒川

 お話を伺いますと、膵臓がんや肺がんなど重い疾患の治療では、重篤な副作用の発現をコントロールしつつ、薬の持つポテンシャルを最大限に発揮させていくことが重要と感じます。そして、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤に特有な湿疹などの副作用について、医療従事者と患者さんとの情報交換の中で、がんに対する治療を継続しながら副作用に対処していく。薬のベネフィットとリスクを秤にかけて使いこなしていくことが大切ですね。

学校で自己責任の教育を

-2012年、2013年に学習指導要領が変わり、国民が生涯にわたり薬と上手に付き合っていくためのベースとなる医薬品教育が学校教育の中でスタートしました。協議会ではそのための教材やDVD、あるいは先生向けの出前研修を展開しています。

永山

 くすりの適正使用の課題として、国民性の一つに、何でも国に頼ろうとする姿勢があるように思います。学校教育で、国民の自己責任について教育することは非常に大切なことです。何か問題が起きたら国が悪いという発想では、自分の健康を守ることができません。

黒川

 高齢化社会がさらに進展していく中で、国民が自分で健康を守れる手立てをつくっていく必要があると思います。今までは医療機関に行けば何も知らなくても薬をもらえた。病気や薬がある意味ブラックボックスになっていたわけです。それを一度解きほぐして、薬の使用に関わる基本的な情報をきちんとお伝えしていく。協議会として、客観的な立場から適正使用のノウハウや信頼のおける医薬品使用のデータベースを用意していきたいと思っています。

永山

 そうした活動を、製薬企業が独自に発信するのはなかなか難しいですね。先ほど述べたように直接患者さんにお渡しできる情報は限られていますし、医療用医薬品は広告宣伝が薬事法により制限されていますからメディアで大々的に行うことはできません。協議会のような中立的立場の機関がその役割を果たすことを大いに期待しています。

適正使用でも世界をリードする存在に

-最後に協議会と読者に向けてメッセージをお願い致します。

永山

kanshajo

 日本は貿易収支も経常収支も大変な赤字になってきていますが、日本の人的資源を活かし、製薬を国際的な産業の柱にしていく必要があります。私自身も製薬協の会長だった当時、様々な場所で「日本を創薬の国際競技場にすべき」と訴えてきました。これは現在、安倍総理がおっしゃっていることと同じと理解しています。

 その実現のためには、未来を担う若い方々にもっと製薬やバイオについて関心をもっていただく必要があります。当社でも若年層への理科実験教室などの取り組みを進めていますが、こうした活動を業界全体で取り組んでいかなければなりません。

 さらに、くすりの適正使用においても、日本は世界をリードする存在にならなければなりません。子どものころから適正使用の大切さを知ることは非常に大切です。 ぜひこれからも協議会が先頭に立って、積極的な活動に取り組んでいただきたいと思います。

 直近の課題としては、今後ITの活用が更に進む中で、薬を簡単に入手できる利便性と、安全性や適正使用のバランスが非常に重要になります。これは協議会によくウォッチしていただきたいですね。

黒川

 確かにこれから新しい技術、新しい販路、インターフェースが次々出てきます。社会とそうした新しい技術が幸せな関係でいるために、協議会として取り組むべきヒントをいただいた気がいたします。

 中外製薬では、今後も革新的な医薬品を社会、医療の場に提供していかれるものと確信しております。今日の対談が協議会との新たな関係、新たなアプローチをつくっていくものとなれば大変うれしく思います。