トップ対談

くすりの適正使用協議会のあるべき姿について、トップの方との話し合いを通して考える対談企画です。

Vol.7 武田薬品工業株式会社 代表取締役社長 長谷川 閑史氏

RAD-AR News Vol.24-No.4(2014.2)掲載

くすりの適正使用のあるべき姿について、トップの方との話し合いを通して考える対談 企画。第7回は、武田薬品工業の長谷川社長との対談です。日本を代表する製薬企業の、患者さん・医療関係者が安心して使えるくすりの開発・製造への取り組みから、協議会が取り組んでいる適正使用の推進に向けた活動のヒントが見えてきました。


タケダイズムに基づいた
「患者さん視点」の製剤設計で
くすりの適正使用に貢献

継続的な活動が大事

-武田薬品工業さんに対する印象をお聞かせください。

黒川

 私がくすりの世界を志してから現在に至るまで、御社に対して一貫して感じていることが二つあります。一つは日本を代表する製薬企業として、常に見識あるご判断を適宜適切にされていることです。社員お一人おひとりが会社のミッション、自ら達成すべきことを理解し、非常に粘り強く努力されています。私の若いころから御社に教わること、胸を貸していただくことが多々ありました。
 もう一つは、抗菌薬や循環器用薬、消化器官用薬をはじめ幅広い疾患領域のくすりの研究開発・製造・販売はもちろん、疾患啓発活動なども含めたさまざまな取り組みを通じて医療界をリードし、国民の福祉に貢献されてこられたことです。
 また、意志決定の速さにも敬意を表したいと思います。医薬品は生命に直結する製品ですから、GO、NO GOの判断 のスピードの影響が極めて大きい。そういう中でトップが迅速に判断され、第一線まできちんと伝わってタケダイズムを実 現される姿は、まさに日本が誇るべき企業と言えましょう。

長谷川

 格段のお言葉をいただき、ありがとうございます。

-長谷川社長にくすりの適正使用 の現状についてのご意見を伺いたいと思います。患者さんの6割が適切な服用を行っていない、また、子どもたちの適正使用の意識浸透が十分ではないという状況に対してどのようにお考えですか。

長谷川

kusuri-musium

 好ましくない状況であると思います。しかしながら、抗がん剤の臨床試験中に患者さんが途中で辞退してしまったという報告を受けたことがあります。自分の命にかかわる病気のくすりであっても、このような患者さんがいらっしゃる、現実はこういう現状だと認識せざるを得ません。

黒川

 開発担当の方々は、一つの適応症を得るために大変な努力をされています。最終段階である患者さんの服用時に適正な使用が行われず、耐性菌ができたり、必要な血中濃度が保てずにがんが縮小されなかったりすることは極めて残念で、いても立ってもいられません。

長谷川

 黒川さんがおっしゃるとおり、特に医療用医薬品は服用指示に従っていただかないと、予想外の好ましくない結果が出る危険性があります。適正使用推進の啓発活動は、製薬企業1社でできることには限りがありますが、それでもできる限りのことを継続してやっていかないといけません。

黒川

 継続するということはとても大切なことですね。常に一定のエネルギーを 注いでおかなければ、状態を維持することができません。「ある程度改善された」と思って緊張感を和らげてしまうと、 いつの間にかゼンマイが元に戻ってしまいます。こうしたところにも、協議会の果たすべき役割があるのではないかと 考えています。

くすりと付き合う土台を公教育の場で築く

-協議会では、くすり教育を実践す る保健体育教諭や養護教諭、学校薬剤師の方々を対象に、協議会が認定したくすり教育アドバイザーによる出前研 修を行っています。現在までに85回実施し、受講者数は5,400名を超えています。御社でも2名の方がアドバイザーとし て活動していただいています。また、高校の学習指導要領に準拠したDVDを製薬3団体で制作し、全国の高校6,000 校に配布しています。こうした活動についてのご意見をお聞かせください。

長谷川

 協議会の活動に敬意を表します。同時に自発的にこうした活動に取り組む弊社の社員がいることを大変誇りに思います。学校の授業として教わったことは、必ず頭のどこかに残っているものです。公教育の場でくすりの適正使用を教えるようになったのは素晴らしいことですし、実際に自分がくすりを服用する際に、習ったことを思い出す人も多いでしょうね。これは協議会が誇るべき素晴らしい活動です。子どもたちの服用の問題については、本来は家庭のしつけの問題でもあると思います。子供は親のすることを見て育ちます。親がくすりを正しく指示どおりに服用することを見せておく必要があります。

黒川

 家庭教育が重要であることは間違いありません。特に日本のような超高齢化社会の中で、健康を大切な財産と考えたときに、子どもたちが生涯にわたってくすりや医療と付き合っていく土台を公教育の場で築いていくことも重要だと思います。

 子どもたち一人ひとりに降り注ぐ情報の量は、もはや天文学的といってよいでしょう。その中で自分に役立つこと、本当に知らなければいけないことを選んで、取り込んでいただく必要があります。協議会としてもより正確で、子どもたちが関心を持てるような情報を、教育現場などを通じて提供していきたいと思います。

匠の技が生きる日本のくすり

-御社の適正使用の推進に向け た取り組みについてご紹介いただけますか。

長谷川

 当社は、「いかなる場面においても、常に誠実であること」を旨とするタケダイズムを、社員が実践できるように日々リマインドしています。230年以上の歴史の中で培われてきたこの基本精神が、具体的な活動の根底にあります。

 くすりの適正使用の事例としてまず紹介したいのが、当社のCMC(Chemistry, Manufacturing and Controls)研究センターの取り組みです。CMCでは、高品質な医薬品の研究開発や有効で安全な製剤設計研究などをミッションに、「患者さん視点」を具現化するための研究に取り組んでいます。その一例となる製品が、子宮内膜症や前立腺がん治療の注射剤リュープリン®。効果が最長6カ月にわたって持続するマイクロカプセル型の徐放製剤です。私自身、米国の企業との特許交渉に携わりましたので、印象深い製品です。また、患者さんの利便性と服用しやすさを考慮した小さな剤形の配合剤や、口の中で自然に溶ける口腔内崩壊錠なども、患者さん視点から生まれたものです。

黒川

 リュープリン®は印象深いおくすりですね。まさに武田薬品工業さんが嚆矢となって切り開いた領域ですね。

長谷川

 ありがとうございます。かかわっている皆さんの協力があってのことです。

 薬剤と並んで、パッケージについても工夫を重ねてきました。例えば、角を丸くして誤飲しても被害を最小限に防ぐPTPシート(Rカット)や、週1回など服用間隔の長いくすりの飲み忘れを防止するブリスターカードなどもあります。

-患者さん視点の製剤設計が、くすりの適正使用に直接つながっているわけですね。

長谷川

 そのとおりです。実を言うと、ここまで気を遣うのは日本の企業ぐらいでしょうか。ドイツに3年、米国に10年住んでいましたが、あちらでは処方薬はボトルに入れられます。それも大きな錠剤ですが、たやすいこと(piece of cake)だと言っています。患者さんの利便性や万一の場合を考えて、多少のコストがかかってもできる限りの工夫をする日本の「ものづくりの文化」や「匠の技」が、剤形の小型化やこうした工夫に表れています。日本の誇るべき技術だと思います。

黒川

 創薬のさまざまなフェーズに、会社の哲学が貫かれているのですね。こうした工夫を通じて、患者さんに「早く治ってほしい」という、医薬品メーカーとしてのgood wish、暖かい気持ちも伝わってきます。

病気の進展や副作用を防ぐ情報提供も一つの責務

-疾患や治療の啓発活動についてはいかがでしょうか。

長谷川

 一例として、薬袋に入れる服薬注意書があります。糖尿病治療薬のベイスン®を服用すると、低血糖症が出るリスクがあります。そうした副作用の具体的な症状や対処方法などをまとめています。患者さんの不安を取り除き、万一の際の対応を迅速に取っていただくことが狙いです。

 このほか、患者さん自身が血圧の変化を把握できる血圧手帳や、リュープリン®の注射を受ける患者さんを対象とした女性疾患や前立腺がん領域の疾患啓発用資材など、さまざまな資材を作成しています。病気の進展や副作用を防ぐ情報提供も製薬会社の一つの責務だと思います。

黒川

 協議会が進めているくすりのしおり®も、患者さんに正しい知識を分かりやすく伝えることで、きちんと服薬していただくことを目的に作成されています。日本語版と英語版で、A4判1枚の資料に必ず載せなければいけない情報を凝縮して収載しています。御社にも引き続きのご協力をお願いしたいと思います。

長谷川

 活動に敬意を表します。米国であれば、基本的に全部自己責任なので、こうした説明がされることはまずないでしょう。

黒川

 ありがとうございます。その他の活動として、協議会では、患者さんとそのご家族のくすりの適正使用の推進のため、WEBサイトに、「病気を調べる」という新コンテンツを平成25年9月から公開しています。武田薬品工業さんをはじめ協議会会員の製薬企業ホームページ上にある210以上の疾病ページに飛ぶことのできるリンク集です

 患者さん、あるいは国民の方々が、自分の身体に何が起きているのかを理解し、なぜくすりが必要なのか、何のためにくすりを飲むのかを納得したうえで、早期の治癒のためにくすりをきちんと飲んでいく。そういうサイクルをつくりたいと考えています。

長谷川

 すべての疾患に言えることですが、特に、いわゆる生活習慣病については、食事や運動などの非薬物療法をきちんと行うことで、未然に防ぐことが可能で進展も抑制できるというような疾患自体についてご理解いただく活動はとても大切ですね。

信頼に足る情報を国民に

-現在、改正薬事法の審議が進んでいますが、今後、協議会が果たしていくべき役割はどうなっていくのでしょうか。

黒川

 改正薬事法案の中で最も注目しているのは、「国民の役割」が規定されている点です。一般の国民や患者さんの側も「医薬品等を適正に使用するとともに、これらの有効性及び安全性に関する知識と理解を深めるよう努めなければならない」と明記されている。これはいわば、くすりの服用の哲学的な転換です。

長谷川

 確かに画期的ですね。自分の責任を自覚して、自助努力できちんとやっていただく。日本全体でこうした動きが拡がっていかなければ、なかなか根本的な問題の解決には結びつかないと思います。

黒川

 はい。とはいえ、患者さんの立場から見れば、信頼に足る情報に接することができなければ、知識も理解も深めようがありません。

 こうした大きな枠組みの変化の中で、協議会は新薬からジェネリック医薬品、一般用医薬品に至るまで、広範なくすりについて法の理念や社会が求めるものを実現するための活動を広げていきま す。ジェネリックメーカーやOTCで実績のある企業にもご理解をいただき、ぜひくすりの適正使用協議会に加入してい ただき環境づくりに協力していただければと思います。なかでも、武田薬品工業さんは医薬品産業のリーダーであるば かりでなく、長谷川社長は公的な立場で活躍され、大所高所から日本を導いておられます。ぜひ、協議会の活動についてもこれまで以上のご理解とご支援をよろしくお願いします。

長谷川

 過分のお言葉をいただきました。個々の受益者であり服用者である国民の皆さんに知識と理解を深める努力を訴えると同時に、お話したとおり、製薬企業としても、さまざまな方法で促進を促していく。そして、賛同する企業さんや協議会とも協力して活動をさらに強めていかなければいけませんね。

患者さんのQOLの向上・維持を目指して

-最後に読者に向けてのメッセージ をお願いします。

黒川

 本日は、武田薬品工業さんがくすりの適正使用について企業としてできるあらゆることを考え、実行されていることを改めて学ばせていただきました。こうした活動の積み重ねによって、確実に日本社会全体の福祉、医療が向上していくと強く感じました。

 今後、国民の皆さんからも一歩われわれに近寄っていただく。私たちからも近寄っていく。こういう双方向の新たな 展開の中で、製薬企業の皆さまと一緒に仕事を拡大、充実させていければと思います。

長谷川

 我々の究極の目的は、提供する製品とサービスによって患者さんのクオリティ・オブ・ライフを高める、あるいは維持することです。

 我々が患者さんに直接、情報を提供する機会は限られています。さまざまな媒体を使って患者さんに訴えかける努力をしていくと同時に、患者さんとの間に介在する調剤薬局や一般薬局の皆 さまにも適正な情報を正確に届けるための努力を続けてまいります。

-ありがとうございました。